大泉 清香
Sayaka Oizumi
ライフスタイル戦略企画部事業課/課長
声に出してキャリアを拓いた
生まれも育ちも仙台、大学も原付通学だった私は「世界を舞台に働きたい!」と考えて商社を志望しました。2007年丸紅に入社し、製紙原料用の木質チップトレードと植林事業会社の管理を担当しました。念願の海外初出張はブラジルのアマゾン。その後、オーストラリア、中国、ベトナム、米国、トルコなど、たくさんの国を飛び回りました。植林事業は木を 育ててから伐採するまで最低6年〜長ければ20年というスパンの事業。自然を相手にしながら商売を作るという面白さに学びが多く、私のキャリアの土台になっていると感じています。
2015年から2年間はオーストラリア駐在を経験しました。入社当初から海外赴任をしてみたいと思っていたので、希望が叶った形でした。オーストラリアの植林事業会社の取締役を しながら、作業着姿で自動車を乗り回し、植林地と船積みの港を走り回った日々を思い出します。また、オーストラリアの取引先には家族との生活と仕事をしっかり両立している 方々が多く、自身のワークライフバランスを再考するきっかけになりました。
帰国後も同じ木質チップトレードに従事したのですが、並行して未来像タスクフォースに選抜されました。このプロジェクトは「10年後の丸紅」を経営陣に提言するために、十数名の若手〜中堅社員が集い議論を重ねるもので、10年に1回開催される丸紅の伝統です。それまで目先の数字ばかりを追っていた私にとって、この経験は経営の視点や未来志向(バックキャスト)に触れられた貴重な学びになり、後の中期経営戦略策定や管理職業務においても活きています。
2020年に経営企画部へ異動しました。幼い第一子の子育てをしながら、コロナ禍の影響で先の見えない懸案事項が山のようにある中、リモートで会社の状況把握や経営会議を運営し ました。総合商社の経営のかじ取りの難しさ、面白さを間近で体感しました。その後、第二子の長期入院に付き添うため、育休含め約2年半の休職をすることになりましたが、状況を知った同僚や上司の力強い支援があり、病気を乗り越え、2024年に経営企画部に復帰することができました。復帰後に担当したのは、新たな中期経営戦略策定という大きな仕事でした。会社が大きく変わる局面に、様々な角度から自社を分析、どこへ向かうべきなのかを数十回の経営会議で議論しました。ようやく発表できたときの達成感は忘れることができません。
そして現在は、ライフスタイル戦略企画部の事業課長として、メンバーと一緒に42の既存事業会社の決裁やモニタリングを担当しています。 こうして私のキャリアを振り返ると、「やってみたい!」と思ったことを周囲に伝えてきたことで、道を切り拓いたように思います。コロナ、異動、休職など思ってもいない出来事にも遭遇しましたが、常に周囲の支えで乗り切れました。それぞれのステージで新たな学びを貰い、それが次のキャリアに繋がっていったと感じます。自分の背中を押し続けてくれる丸紅に恩返しをしたいと思っているので、これからも「やってみたい!」を声に出して次のステージへ向かいたい。そして、かつての自分のように挑戦したい誰かの背中を押し、支えられる存在になりたいと思っています。
Career Timeline
2009
木質チップ・植林事業の世界へ
入社3年目から木質チップのトレードと植林事業会社の管理に従事。初めての出張はブラジルのアマゾン!他にもオーストラリア・中国・米国・トルコなど世界各地の現場へ出張。
2015
志願して実現したオーストラリア駐在
植林事業会社の取締役としてメルボルンに赴任。作業着で豪州の植林地や港を車で走り回りながら、伸びやかな環境で自身のワークライフバランスを見つめなおす。
2017
未来像タスクフォースに選抜
帰国後「10年後の丸紅」を提言する全社横断プロジェクト「未来像タスクフォース」に選抜され、「どんな会社にしたいのか?」を仲間と10カ月議論。俯瞰的・未来志向(バックキャスト)の考え方を学ぶ。
2020
経営企画部へ予想外の異動
コロナ禍、第一子の子育てをしながら、経営会議運営や中期経営戦略策定に奮闘。総合商社の経営のかじ取りの難しさ、面白さを間近で体感。
2022
2年半の育休・休職
第二子出産後、長期入院の付き添いのために育休を含め約2年半休職。丸紅の仲間の支えを心から実感。
2025
ライフスタイル戦略企画部
事業課 課長(現在)
主に傘下の事業会社42社の決裁やモニタリングを担当。収益の屋台骨である既存事業の磨き込みを行う。








