菱田 順子
Hishida Junko
多摩工場
原材料調合@/マネージャ
管理職は、一つひとつの
仕事の先にある
誰にでも開かれたキャリア
周囲のほとんどが大学院に進む中、私は就職する道を選びました。所属していた研究室では、遺伝子に関わる研究をしていたのですが、研究者としての限界を感じたというのが正直なところです。専門領域を突き詰めるのではなく、企業に勤める方が性に合っているのではないかと考え、就職活動をはじめました。企業選びの軸にしていたのは、「興味が持てるかどうか」。紅茶が好きだったこと、それから研究と近い部分も感じたので飲料メーカーを志望し、縁あってコカ・コーラ社製品の製造・販売を担うボトラー社への入社が決まりました。
入社後は、海老名工場の品質管理課で、「コカ・コーラ」や、「綾鷹」「爽健美茶」といったお茶飲料、「ジョージア」のコーヒー飲料などさまざまな製品の検査を担当。検査の種類も多岐にわたり、覚えることはたくさんありましたが、大学時代に測定機器に触れていたこともあり、すぐに環境に馴染むことができました。
転機となったのは入社2年目、品質保証部への異動です。関連会社の統合に伴い、品質管理を標準化するプロジェクトに関わることになったのです。チームの中では、私が最年少。管理体制の変更を提案する相手は、各工場のマネージャクラスということもあり、プレッシャーを感じる場面もありましたが、「若い人が言うなら、やり方を変えてみよう」「若手にどんどん任せよう」と提案を受け入れてくれる方が多く、組織の柔軟性を体感しました。
2012年には長男を出産し、翌年には時短で同じ部署に復帰。保育園のお迎えの時間が来ると仕事が強制終了となるため、以前に増して効率を重視するようになりました。根詰めて働こうとする私に「早く帰りなさい」と声をかけていただくことも多く、周囲のあたたかいフォローには、本当に助けられました。
2017年には多摩工場の品質管理課でISO事務局を担当しました。属人化せず、誰が行っても同じ結果が出る仕組みづくりを目指し、一部手続きをペーパーレス化するなど、自ら提案した仕組みが今も運用されています。
2024年より多摩工場の原材料を調合するチームに異動し、マネージャになりました。日本コカ・コーラから受取った原液などを水や炭酸などと合わせる前に調合する部署にあたるため、ミスが絶対に許されない仕事。着実に遂行するためには、基本の徹底が重要です。マネージャ就任後は、製造現場の業務だけでなく、社内提出物の期限管理など、事務面での「抜け漏れゼロ」を目指す仕組みづくりに着手しました。「楽するために努力しよう」というスローガンを掲げ、メンバーにも共有しています。新しい仕組みの導入当初は苦労も伴いますが、最初の一歩さえ踏み出せば、結果として余裕が生まれ、さらなる業務改善へとつながります。最近ではこの考え方がチームに浸透し、「もっとこうしたい」といった前向きな意見が出るなど、メンバーの意識にも明らかな変化が生まれています。
こうして自分の歩みを振り返ると、特別な才能があったわけでも、華やかな実績があったわけでもありません。けれども、目の前の仕事にひとつずつ向き合い、積み重ねてきた結果が今につながっているのだと思います。管理職のポストは一部の特別な人だけのものではなく、日々の努力の先にある、誰にでも開かれたキャリア。自分の経験を通して、そう実感しています。
Career Timeline
2003
縁あってコカ・コーラ社製品の
製造・販売を担うボトラー社へ。
海老名工場で検査を担当。
飲料メーカーを志望するも、当初コカ・コーラブランドを扱える企業に受かるとは思っておらず、内定の知らせに驚く。入社後は海老名工場の品質管理課でさまざまな製品の検査に携わる。
2005
若手にもチャンスがある環境。
品質管理体制の
統合プロジェクトに参画。
本社の品質保証部に異動し、管理体制を統合するプロジェクトに参画。「なぜ?」と原理原則を追求するスタンスが磨かれた。チーム最年少ながら、工場のマネージャクラスに提案することも。
2017
ISO事務局を担当し、
新たな仕組みづくりに従事。
ISO事務局として監査や工場のマネジメントシステム改訂に携わる。長年のやり方を踏襲していた業務を、シンプル且つ誰でも簡単にできる仕組みに変えながら、新しい規格・基準に対応させていった。
2024
品質を外から管理する担当から
一転して製造ラインへ。
マネージャとしてチームを組織する。
原材料調合の部門に異動し、マネージャとしてチームを率いる。ミスの許されない業務を担うため、メンバーが着実に作業を行えるように、より良い仕組みづくりに奮闘中。








